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金沢地方裁判所 昭和45年(行ウ)9号 決定

原告 村上政夫

被告 建設省北陸地方建設局長

主文

被告の本件移送申立を却下する。

事実

一、被告指定代理人は、本案前の申立として「本件訴訟を新潟地方裁判所に移送する。」との裁判を求め、その理由として次のように述べた。

昭和四三年六月三〇日被告が原告に対してなした依願免職処分(以下『本件処分』という。)の取消を求める訴の管轄は、行政事件訴訟法一二条一項の規定により、被告行政庁の所在地を管轄する新潟地方裁判所に属する。なお、同条三項は事案の処理にあたつて下級行政機関の所在地の裁判所にも管轄を認めているが、本件処分に関しては右事案の処理にあたつた下級行政機関は存在しない。すなわち、建設省北陸地方建設局金沢工事事務所松任国道維持出張所(以下『松任出張所』という。)に配属されていた原告が、同出張所および同金沢工事事務所(以下『金沢工事事務所』という。)を経由して被告に退職願を提出し、同事務所職員が原告の真意をただし、慰留につとめ、原告の退職の意が固いことを確めたうえ、同建設局(以下『本局』という。)から送付されてきた退職承認辞令を原告に交付した事実があるが、同出張所および同事務所の職員は単に退職願や退職承認辞令を取り次ぎ、あるいは同僚としての情義に基づいて原告に慰留方を説得したものにすぎず、このことをもつて同出張所や同事務所を前記法条にいう『事案の処理にあつた下級行政機関』ということはできない。

二、原告訴訟代理人は、主文と同旨の裁判を求め、その理由として次のように述べた。

本件処分をなした者は被告であるが、被告の下級行政機関として金沢工事事務所が右処分の事案の処理にあたつたものである。すなわち、イ、本局は金沢工事事務所からの三回の電話による報告を受けた以外に何ら調査をしていない。もちろん、本局の職員が直接原告に面会したり、原告に対し電話で事情を聴取した事実はない。原告から提出された退職願自体、被告はこれを見ることなく昭和四三年六月二九日金沢工事事務所職員が本局職員に電話で読みあげた内容に基づいて退職承認の内定をし、その日のうちに退職承認辞令書を金沢工事事務所あて発送したものである。ロ、原告が退職願提出後原告の真意を尋ね、翻意するように説得したのは金沢工事事務所であり、本件において最終的に依願免職処分をなすか否かは金沢工事事務所長の判断に委ねられていた。すなわち、金沢工事事務所は同月三〇日に辞令書を受け取り、翌七月一日同事務所において事務所長他三名が一時間半にわたり翻意するよう説得し、原告があくまで応じなかつたので、事務所長が本件処分の辞令書を交付したものである。以上のとおり、金沢工事事務所は本件処分の事案の処理にあたつたものというべきであり、行政事件訴訟法一二条三項の規定により同事務所所在地を管轄する金沢地方裁判所も本件訴訟の管轄を有するものと解すべきである。

理由

一、行政事件訴訟法一二条三項は、国民の権利利益の救済の便宜を図る趣旨のもとに、国民の出訴を容易にし、証拠調等の便宜に資するために、当該処分の事案の処理にあたつた下級行政機関の所在地の裁判所にも管轄を認めたものである。そして、依願免職処分において、当該職員を指揮監督する下級行政機関が、当該職員の真意をただし、慰留あるいは退職時期の交渉を行ない、任命権者に対し退職承認の可否や退職承認の時期を判断するための資料を積極的に収集提供し、あるいは右判断のための意見具申を行なうなど、処分の成立に積極的に関与し、これに重要な影響を与えた場合には、行政事件訴訟法一二条三項にいう事案の処理にあたつた下級行政機関に該当するものと解すべきである。

二、これを本件についてみるに、一件記録によれば、金沢工事事務所は、本局の下級行政機関であり、本件処分当時、所長以下二八六名の職員が配置されていたこと、同事務所は、所属職員の勤務評定や、勤勉手当の成績率の決定を行ない、昇格および特別昇給に関し、勤務評定に基づき決定権者たる被告に候補者の上申をし、人事異動にあたりこれに関する意見具申を行なつており、これらの事務処理に関して、同事務所には庶務課が置かれ、約三〇名の職員が配置されていたこと、本件処分は、原告が当初予定されていた新潟国道工事事務所新潟維持出張所への配置換に応ずることが困難であるため、昭和四三年六月二九日退職願を提出したことによるものであるが、右事案の処理に関しては、本局においてなんら独自の調査をした形跡がない反面、金沢工事事務所において、被告あての退職願の封筒を開封し、本局と連絡のうえ退職願提出についての原告の真意をただし、その翻意をうながし、その結果を本局に電話連絡し、退職願に副申を付して本局に送付していること、さらに同年七月一日金沢工事事務所長が副所長、庶務課長同席のうえ、原告を所長室へ呼出し、配置換の辞令と退職承認の辞令の二通を用意したうえ、原告に配置換に応ずるよう説得し、原告の態度をみたうえ、同所長の判断により原告に対し退職辞令を交付していること、などの事実を認めることができ、右認定のような、同事務所の職員人事関係に関する一般的な関与の程度、内容、および本件処分に関し、同事務所がとつた措置の内容を合わせ考えると、金沢工事事務所は、本件処分の成立について、積極的に関与し、かつこれに重要な影響を与えたものと解するのが相当である。

したがつて、金沢工事事務所は本件処分の事案の処理にあたつた下級行政機関というを妨げず、行政事件訴訟法一二条三項の規定により、同事務所の所在地を管轄する当裁判所も本件訴訟の管轄を有するものというべきである。また、一件記録によれば申請のあつた証人の大部分は石川県在住のものであり、証拠調の遅滞を避ける意味からも裁量による移送は相当でない。

四、よつて、被告の本件移送申立は理由がないので却下することとし、主文のとおり決定する。

(裁判官 加藤義則 泉徳治 田中清)

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